IGSAMS2023 インベスコ グローバル・ソブリン・アセット・マネジメント・スタディ2023
第11回目となるインベスコ・グローバル・ソブリン・アセット・マネジメント・スタディによると、ソブリン投資家は、持続的なインフレと高まる地政学リスクや気候変動リスクを特徴とする新たなマクロ経済環境にポートフォリオを適応させていることが分かりました。
2022年は世界中の中央銀行が、前例のないほど高いボラティリティや、40年ぶりの記録的な高インフレ、金利の上昇に直面し、準備金を管理する上で困難な状況を経験しました。パンデミックにより生じた経済の混乱が地政学的なイベントにより悪化し、最適な戦略の決定が困難となったことから、年間を通じて継続的に戦略の見直しが行われるようになりました(図5.1)。
中央銀行によるバランス調整: 利回りの上昇、ボラティリティ、金への逃避
ゼロ金利の終焉は、中央銀行にとって機会と課題の両方をもたらします。債券利回りの上昇は、従来ウェイトの置かれてきた債券ポートフォリオのリターンを押し上げ、70%の中央銀行が、「利回りの上昇は中央銀行の準備金の管理を容易にする」との考え方に同意しています。アジアのある中央銀行は、デュレーションを拡大する一方で分散投資を減らし、低利回り市場から撤退して、米国や新興国などの高利回り国に集中することを計画しています。中央銀行の中には、今後2年間でポートフォリオのデュレーションを拡大するとしているところもあります(拡大30%、中立63%)が、対照的に過半数(57%)の中央銀行は、マクロ環境の変化の中で分散投資の増加を見込んでいます。
利回り上昇はリスク上昇を示唆している可能性があり、これは分散投資への意欲を促します。欧米のある中央銀行は、「利回りの上昇は借入コストの上昇につながり、投資に使える資金を減らす可能性があります。さらに、利回りの変動は投資価値のボラティリティの上昇を招き、リターン減少やリスク増大につながる可能性があります」と説明しました。そのため、多くの中央銀行は利回りの動きを注視し、必要に応じて適切な措置を講じています。
利回りが変動する中で、2022年は金への逃避、世界の基軸通貨としての米ドルの今後に対する疑念、保有通貨の分散化が起きました。
金が頼みの綱:ボラティリティと地政学的リスクに対するヘッジ
金のスポット価格は、現在のマクロ経済環境の不確実性を反映し、過去最高水準である1オンスあたり2,000米ドルを過去3年で3回上回りました。地政学的緊張の継続や景気後退懸念、銀行破綻および広範な銀行危機の脅威などが、経済の不確実性が持続するかもしれない兆しとなっています。
2022年に、中央銀行は純購入量1,136トン4もの記録的な金購入を行い、金保有量は12年連続で純増となりました。これらの純購入量の20%近くがトルコと中国の2つの中央銀行によるものであり、2023年1-3月期に入っても、両中央銀行が引き続き高い需要を牽引したことは注目に値します5 。
ただ他の中央銀行、特に中東と新興国の中央銀行も2022年には注目すべき買い手となっており、私たちの調査対象のサンプルでは、金への配分をさらに増やそうとの機運が全体的に高まっています(図5.4)。
準備金の管理者はインフレを主要なリスクと捉え、中央銀行の3分の2が、グローバルなインフレのトレンドからポートフォリオを保護しようとしています(図5.2)。その方法としては、金への配分を増やすことが最も広く採用されており、69%の中央銀行が、金への配分を通じてグローバルなインフレに対抗しようとしています(図5.3)。
4 ワールド・ゴールド・カウンシル:https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-full-year-2022/central-banks.
5 ワールド・ゴールド・カウンシル:https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-q1-2023/central-banks.
伝統的に金は、多くの中央銀行が好む効果的なインフレヘッジの手段とされてきました。ある欧米の中央銀行は、「金はインフレから守られている資産の1つであり、私たちの分散投資戦略の主要な部分を占めています」と述べました。準備ポートフォリオの流動性、リスク・リターン、更にレピュテーション面での制約の観点から、ヘッジのための代替的な選択肢が限られるため、金の魅力はさらに増すこととなります。
かなりの割合の中央銀行が、今後3年間で金への配分が増加すると見込んでおり、減少すると見込んだ中央銀行はありませんでした(図5.4)。金の信頼性が証明されつつある中で、ロシア・ウクライナ戦争や、準備金をある種武器のように用いる動きが続き、グローバルなボラティリティや通貨の不確実性が高まって安全資産への逃避を促しました。金への配分を増やしていると回答した中央銀行の96%が、その理由として、金が「セーフヘイブン」資産であることを挙げました(図5.5)。
かなりの割合の中央銀行が、米国によるロシア中央銀行資産の凍結という前例ができたことに懸念を抱いており、過半数(58%)がこの出来事により金の魅力が増したと回答しました。その結果、中央銀行は現在、金のETFやデリバティブよりも、現物の金の保有を選好しています(図5.6)。2020年と比べて、現物の金を保有しているとの回答が最も多く増えており、金ETFの活用は減少しています。「ここ1~2年、金は重要な役割を果たしてきました:私たちは、8~10年前に金へのエクスポージャーを増やし、スワップに活用したり利回りを高めるためにロンドンで保有していましたが、現在は金準備を自国に戻し、安全に保管しています―金の現在の役割は、セーフヘイブン資産であることです」と、ある欧米の中央銀行は述べました。ワールド・ゴールド・カウンシルの報告によれば、2022年に金の延べ棒や金貨に対する需要が増加した一方、金ETFの保有量は減少しました6 。この変化は、地政学的リスクが高まっている状況を反映しており、中央銀行の57%が、金が地政学的な混乱に対するヘッジのツールであることに同意しています。
6 ワールド・ゴールド・カウンシル:https://www.gold.org/goldhub/research/gold-demand-trends/gold-demand-trends-full-year-2022
* 主として欧米の大手銀行で、貴金属市場において金を含めた貴金属取引を幅広く行う部門を持つ銀行を、金市場のサイドから、ブリオン・バンク(Bullion Bank)と呼んでいます。代表的なブリオン・バンクとして、バークレイズ(英)、ドイツ銀行(独)、スコシアバンク(加)、HSBC(英)、ソシエテ・ジェネラル(仏)などが挙げられます。
脱ドル化のジレンマ:代替となる通貨は見当たらない
欧米諸国によるロシア資産の凍結は、基軸通貨としての米ドルへの世界の依存を浮き彫りにし、米国の債務が高水準にある中で、米ドルの長期的な実効性に対する疑問を投げかけました。米国の債務水準が米ドルにマイナスの影響を及ぼしていると考える中央銀行の割合は年々増加しています(図5.7)。しかし、世界の基軸通貨として米ドルに代わる明確な代替通貨が存在しないという点では、中央銀行の意見は概ね一致しており、全体の53%が、5年後に基軸通貨としての米ドルの位置づけが弱まっているとの見方に同意しないとし、これは昨年の46%を上回りました。新興国のある中央銀行は、「人々は長い間、米ドルやユーロに代わる通貨を探し求めてきたので、適切な代替通貨があれば、既にそちらに流れているはずです」と説明しました。
別の新興国の中央銀行もこの見方に同意し、「真に代替通貨となるものが存在しないので、米ドルの存在が脅かされるような世界が来るとは考えていません」と述べました。
中国人民元は、近年世界の外貨準備総額に占める割合が増加しており、将来的な代替通貨となる可能性について度々取沙汰されています。世界の外貨準備総額に占める割合は、2016年末の1.1%から2021年末には2.8%に上昇しました(2022年末には2.69%)7。しかし、人民元が真の基軸通貨になることをめぐるセンチメントは年々低下しており、人民元が5年以内にその地位に達するとの見方に同意しない中央銀行の割合は、大幅に増加しました(図5.8)。
7 IMF COFER: https://data.imf.org
こうした懸念にもかかわらず中央銀行は、好調なパフォーマンスと無相関リターンに後押しされ、徐々に人民元の保有が増加すると予想しています。しかしながら、流動性、不動産セクターにおける負債、政治的リスクといった障壁が、人民元が米ドルに成り代わって世界の基軸通貨となる可能性を阻んでいます(図5.9)。中央銀行は5年後の人民元保有比率について、昨年の予測ほどには強気な見方を示しませんでした。
さらに先(10年以上先)を見据えた場合、ほとんどの中央銀行は、世界の貿易取引通貨に大きな変化はないと予想しています(図5.10)。かなりの割合の中央銀行が人民元へのシフトを予想していますが(中央銀行の27%)、地域によって予想が異なります。ブラジル、アルゼンチン、ロシアなどが中国との貿易決済を自国通貨または人民元で行える協定を結んだように、新興国の方が、グローバル貿易で人民元を活用する傾向がより強くなっています。
脱ドルや代替的な基軸通貨探しがヘッドラインを賑わせていますが、米ドルほど安定的で流動性の高い他の通貨がないことから、中央銀行は引き続き、米ドルが世界の基軸通貨の地位を保つと確信しているようです。
新興国市場への通貨分散
米ドルが引き続き優位性を維持すると予想されつつも、中央銀行は、オーソライズされた資産クラス内でボラティリティをヘッジするために、新興国通貨への分散保有を模索する傾向が強まっています。より広範な新興国に配分を行う方向への機運は、2022年の間に劇的に変化しました―2022年には、47%の中央銀行が、人民元以外の新興国通貨に配分を行っているとしましたが、2023年にはこれが54%に上昇しました(図5.11)。さらに、63%の中央銀行が、5年後に人民元以外の新興国通貨に配分を行っているだろうとし、またその保有規模が顕著に増加すると予想しています。
欧米のある中央銀行は、新興国の魅力を強調し、「新興国はリターンが高く、より高い成長ポテンシャルがあることから魅力的です。現在、これらの国々は経済発展していっています」と述べました。現時点で新興国通貨への配分を行っていない別の中央銀行もこれに同意し、「今のところ、新興国通貨への配分は行っていません。しかし今後数年は、これらの地域の経済成長と高いリターンから、投資を検討しています」と述べました。ほとんどの中央銀行が投資トランシェに新興国通貨を組み入れていることから、リスク調整後リターンが原動力となり、本調査で前述した、債券サブセクターとしての新興国債券への関心とも整合的となっています(テーマ1、図1.7)。
インドと韓国は引き続き、エクスポージャーを拡大する上で最も魅力的な投資先となっています(図5.12)。欧米のある中央銀行は、新興国債券へのエクスポージャーの拡大を検討しており、特に不動産やインフラ、その他の多様な産業を対象とする債券に注目していると説明しました。
第11回目となるインベスコ・グローバル・ソブリン・アセット・マネジメント・スタディによると、ソブリン投資家は、持続的なインフレと高まる地政学リスクや気候変動リスクを特徴とする新たなマクロ経済環境にポートフォリオを適応させていることが分かりました。
高インフレと高実質金利が続く中、投資家はポートフォリオの見直しを進めています。政府系ファンドは債券やプライベート・デットを選好し、インドをはじめとする、人口動態が良好で、政治が安定し、政策に積極的な新興国市場が有力な投資先として浮上してきました。
政府系ファンドは引き続きプライベート・アセットに魅力を感じていますが、パフォーマンス格差が、投資家により慎重な選択を促しています。インフラストラクチャー、特に再生可能エネルギーが選好するセクターとして浮上しています。債務指標を評価し、レバレッジに依存したリターンよりも持続的成長を優先させることは、投資の意思決定において不可欠な要素となっています。
地政学的緊張の高まりと気候変動への懸念は、安全で持続可能なエネルギー供給網の必要性を際立たせ、再生可能エネルギーは投資家の最重要課題へと押し上げられています 。政府系ファンドや中央銀行は、グリーンインフラ投資やグリーンボンドを優先しています。
グリーンウォッシングの状況を理解して、 投資家は積極的な姿勢をとり、開発リスクを受け入れ、本当の意味でのESGとの整合性を確保するためにグリーンボンドを発行しています。
ここ10年の間に、新進の開発政府系ファンドが続々と登場し、より強固な提携関係を築こうと積極的な動きを見せています。これらの新興ファンドは、エネルギー転換の促進や社会的目標の達成を支援することに重点を置いています。能力のギャップを埋めるために、外部の運用会社を利用するようになっており、今後も成長・成熟が進むにつれて、そうした専門知識への需要は高まっていくと思われます。
利回りの変動とインフレリスクに対処しようとする中央銀行は、金を安全資産として見ています。これが2022年の記録的な金購入に拍車をかけ、この傾向は2023年の第1四半期まで続いています。米ドルが世界の基軸通貨の優位性を維持する一方で、各国中央銀行は、政治的不確実性と新興国市場における魅力的な機会に刺激され、保有通貨を多様化しています。
当資料は、一般もしくは個人投資家向けに作成されたものではなく、機関投資家向けのものとなります。情報提供を目的として、インベスコ・アセット・マネジメント株式会社(以下、「弊社」といいます。)が、英文でリリースされた”Invesco Global Sovereign Asset Management Study 2023”を解説するために作成された英語コンテンツの一部を翻訳して作成したものであり、法令に基づく開示書類でも投資勧誘を目的としたものでもありません。翻訳(または抄訳)には正確を期していますが、必ずしも完全性を保証するものではありません。また、抄訳の場合には、原資料の趣旨を必ずしもすべて反映した内容になっていない場合があります。また、公表されたデータ等に基づいて作成されたものですが、過去から将来にわたって、その正確性、完全性を保証するものではありません。
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