グローバル・ビュー

SARS危機下のシンガポールで過ごした経験と今後の注目点

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要旨

SARS危機のシンガポールで過ごした筆者の経験

私は2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の感染拡大の際にシンガポールで勤務していましたが、消費者は人の集まるところを極端に避け、買い物も最小限で済ます一方、企業でも社員の自宅待機やシフト制の採用が進みました。今後新型肺炎の感染が拡大する場合には同様の事態が起きる可能性が高まります。

中国からのアウトバウンド客減少がもたらす潜在的影響

現在、中国当局は中国国民の海外旅行に制約を課しています。中国人訪問者による支出を近隣各国・経済のGDP比でみるとタイが最大で3.6%、シンガポールが1.7%、香港が1.0%でした。日本は0.2%でしたので、中国人訪日客の減少による景気への直接的な悪影響は大きくありませんが、問題が地域全体で深刻化するリスクには要注意です。

金融市場へのインパクト—少なくとも2月中旬までは警戒する必要

現在のグローバル金融市場では、春節で休場している中国などアジアの一部市場を除けば、感染の拡大による中国景気への影響や、感染拡大で直接影響を受ける業種への影響は既にかなり織り込まれているとみられます。今後については、日本など経済規模が比較的大きな国で感染が拡大すれば、株価がもう一段下落するリスクがあり、最悪のケースでは、グローバルに株価が直近のピークから10~20%程度下落する可能性が考えられます。もっとも、感染拡大の収束が視野に入れば、金融市場は元の状態に向けての動きを強めると考えられます。中国では春節に伴う休日が2月2日まで延期されましたが、工場労働者の中には2月3日からの週を休みにする人々も多く、中国国内での大規模な人々の移動は2月8~9日あたりまで続くとみられます。新型肺炎の潜伏期間が10日前後であることを踏まえると、2月中旬までは感染者数が増加しつづける可能性があります。このため、金融市場での新型肺炎の感染拡大に対する警戒感は少なくとも2月中旬まで継続すると見込まれます。
SARS危機のシンガポールで過ごした筆者の経験
 新型コロナウィルスによる肺炎感染者拡大の影響が中国で深刻化するとともに、中国以外への潜在的脅威も高まってきました。金融市場では先週金曜日(1月24日)以降、世界的に株価が下落するなど警戒感が強まっています。今回の新型肺炎は、2003年にアジアを中心に猛威を振るったSARS(重症急性呼吸器症候群)としばしば比較されます。私は2002年から2007年まで調査スタッフとしてシンガポールに駐在していた経験があり、2003年のSARS拡大の際に生じた消費者や企業の行動の変化は今回の新型肺炎の影響を予見するうえで参考になる部分があると思います
 2003年当時、私はある企業のシンガポール現地法人(従業員の大半はシンガポールの人々でした)に勤務していましたが、3月中旬にシンガポールでSARS感染者が増え始めると、シンガポールの消費者や企業の行動は大きく変化しました。多くのシンガポールの人々は風邪をひいてもマスクを着ける人は少なかったのですが、SARS拡大とともに、多くの人がマスクをつけるようになりました。人々は人が集まるところに行くことを避け始め、ショッピングセンターは必需品である食料などをまとめ買いする客だけとなり、ファッションや宝飾品などを販売する店舗は閑散とした状態になりました。まとめ買いによってマスクを含めた必需品の一部が品不足が目立ち始め、多くの日系企業では日本の本社からマスクをまとめてシンガポール拠点に送る例が広がりました。人々は電車やバスを避けるようになり、タクシーに乗るための長い行列ができました。電車に乗って咳をする人がいると、かなり混んでいるにもかかわらず咳をする人の周囲1~2メートルには人がいなくなったことを記憶しています。1~2週間こうした状態が続くと、レンタカーの長期契約をしたり、移動のための自動車を買おうとする友人が出てきました。一方、企業は、最低限のビジネス遂行上、どうしても必要な場合を除き、従業員に自宅待機させることが一般化しました。自宅待機中、多くの人々は固唾を飲んでテレビでSARS関連ニュースを観ることが多かったようです。また、同居の家族に風邪の症状が出た社員には数日間の自宅待機措置が講じられました。工場などの職場では、従業員をチームに分けて、一週間ごとにシフトを組み、あるチームが出社する際には別チームは自宅待機させるケースも増えてきました。4月中旬になると新規の感染者数が僅かとなり、4月の下旬には新規感染者がほぼゼロとなりました。この時点で、シンガポールの人々は平常の生活を取り戻し始めました。中国では5月中まで感染者の増加が続き、混乱が続いたのに対し、シンガポールでは比較的早期に事態を収拾させることができました。
 2003年のSARS問題がシンガポールの実体経済に及ぼした悪影響としては、①観光客の激減、➁裁量的消費の減少、➂サービス業の停滞、が大きく、特に①についてはシンガポール経済の観光収入に対する依存度が高かったことで、比較的強い悪影響が出ました。➁と➂については、同様の悪影響が中国など他の地域でもみられました。2003年当時と現在では、中国からのアウトバウンド旅行者数が大きく増加したことが大きな違いです。2003年の中国から海外への延べ旅行者数は2,022万人であったのに対し、2018年には1億6,199万人でした。今回は春節休暇中での感染拡大であり、海外渡航者が通常よりも多く、事態が深刻化するリスクが高いと言えます(2003年とのその他の違いについては、弊社で昨日に発行したGlobal Markets in Focus「新型コロナウイルスの市場への影響」をご参照下さい)。
一方で、現在はネットで必需品を買うことができるようになり、自宅から会社のシステムにアクセスして仕事ができるケースも増えましたので、経済的な悪影響が和らぐ面もあります。
中国からのアウトバウンド客減少がもたらす潜在的影響
 現時点で新型肺炎がアジア地域全域にもたらしつつある経済的な影響としては、中国政府が団体旅行を禁止する指導をしたことによって、今後、中国人訪問者数が大きく減少する見通しである点が重要です。主な渡航先別に中国人旅行者数をみると、2018年には香港、タイ、日本、ベトナム、韓国の順に多かったことがわかります(図表1(左側の図))。それぞれの国・地域の国際収支統計から外国人による旅行・渡航費支出総額のデータを取得して、中国からの訪問者数のシェアを乗ずると、中国人からの訪問者が各国・経済で使った額を試算することができます。結果は図表1(真ん中の図)に示す通りですが、金額ベースでは、タイが最大で180億ドル、日本が第2位で122億ドル、米国が第3位で96億ドルでした。その金額の各国GDPに占める比率で各国・経済への中国人訪問者による支出の経済規模をみるとは、タイが最も大きく3.6%、シンガポールが1.7%、香港が1.0%でした。日本は0.2%でしたので、中国人訪日客がゼロになる場合の直接的な日本全体への景気インパクトはそれほど大きくないと言えそうです。ただし、今後アジア地域で新型肺炎の感染が拡大する場合は、中国だけではなく、台湾や、香港、韓国などからのアウトバウンド旅行者の減少につながる可能性がある点には留意する必要があります。
(図表1)中国からの訪問者数および支出額のGDP比
金融市場へのインパクト—少なくとも2月中旬までは警戒する必要
 新型肺炎の拡大による金融市場への影響について考えると、現在のグローバル金融市場では、春節で休場している中国などアジアの一部市場を除けば、感染の拡大による中国景気への影響や、感染拡大で直接影響を受ける業種への影響は既にかなり織り込まれているとみられます。業種別にみると、旅行、空運、海運、製油などの業種での株価下落が進行しています。中国の人民元の振れに反応しやすい新興国通貨にも影響が出始めています。比較的大きく、その一方で、米国債や金、円などの安全資産への資金シフトが起きたとみられます。
 今後については、中国だけではなく、日本など経済規模が比較的大きな国で新型肺炎の感染が拡大すれば、グローバル景気への不透明感がさらに高まり、株価がもう一段下落するリスクがあります(図表2)。米中フェーズ1合意が成立して先行きへの不透明感が後退したこともあり、直近まで株価が比較的大きく上昇してきたことから、最悪のケースでは、グローバルに株価が直近のピークから10~20%程度下落する可能性が考えられますもっとも、新型肺炎の経済・企業活動への悪影響は一時的であると考えられますので、感染拡大の収束が視野に入り、経済的影響についての懸念が後退しはじめれば、投資家は経済ファンダメンタルズ(基礎的諸条件)が感染拡大前に比べて大きく変化しなかったことを再認識し、金融市場では株価上昇、債券利回り上昇、原油価格上昇、安全資産離れ、の動きが生じるとみられます
 最後に、新型肺炎による感染拡大がグローバル金融市場に及ぼす影響をみるうえでの時間軸を考えてみたいと思います。中国では春節に伴う休日が2月2日まで延期されましたが、工場労働者の中には2月3日からの週を休みにする人々も多く、中国国内での大規模な人々の移動は2月8~9日あたりまで続くとみられます。新型肺炎の潜伏期間が10日前後であることを踏まえると、2月中旬までは感染者数が増加しつづける可能性があり、金融市場での新型肺炎の感染拡大に対する警戒感は少なくとも2月中旬まで継続すると見込まれます
(図表2)新型肺炎の感染拡大が深刻化する場合の日本の消費・企業行動と金融市場

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MC2020-011