グローバル・ビュー
EU統合強化によるユーロ高の可能性
要旨
「金融システム不安」の顕在化は当面は回避可能
欧州における「金融システム不安」と「財政不安」の可能性は、最近の欧州株の上昇ペースが米国株を下回ってきた背景として市場で意識されています。このうち、「金融システム不安」については、私は、ギリシャを除いては、欧州において不良債権問題が金融システム不安を顕在化させる可能性は当面は低いと考えています。直近ではイタリアの不良債権比率は7.1%、スペインは3.2%、ポルトガルは6.1%、アイルランドは3.8%と、過去数年間に大幅に低下しました(図表1)。
しかし「財政不安」には要注意
一方、「財政不安」については、コロナウイルス問題がもたらす歳入の減少や景気刺激策の実施によって欧州各国の財政が悪化し、金融市場で懸念が強まる可能性は現実のものとして考えるべきでしょう。直近での主要格付け機関によるイタリアとポルトガルの格付けが投資適格ぎりぎりである点を考えると、今後これらの国々の格付けが投機的水準に格下げされる可能性は否定できません。
EU復興基金構想は画期的。設立されれば、ユーロ相場のサポート材料に
こうした中で、ドイツとフランスの合意に基づいて欧州委員会が提案したEU(欧州連合)復興基金を巡る動きが注目されます。これまで南欧諸国の支援に消極的であったドイツが支援の態度を明確にしたことは画期的であり、独仏両国の合意による提案は、独仏がEUの統合強化に向けて指導力を発揮するという姿勢を印象付けるものでした。このEU復興基金が承認されれば、今後のEUおよびユーロ圏の安定にとってポジティブな出来事になると考えられます。この提案に対しては、オランダやオーストリアなどが反対を表明していますが、独仏が指導力を発揮してEU全体で承認させることができれば、短期的にも、中期的にもユーロ高をサポートする材料になると考えられます。
「金融システム不安」の顕在化は当面は回避可能
直近の金融市場で生じている動きの一つに、米国株と欧州株のパフォーマンス格差が挙げられます。コロナ問題で株価がボトムをつけてからの欧州株の上昇ペースは米国株のそれを大きく下回っています。こうした動きの背景として指摘されることが多いのが、欧州における「金融システム不安」と「財政不安」の可能性です。以下では、これら2つの可能性について、直近の状況を概観したうえで、今後の金融市場への影響とともに考えてみたいと思います。
まず、「金融システム不安」については、リーマンショック後に南欧の多くの国々で不良債権比率が上昇したことが多くの投資家の記憶に残る中、今回のコロナウイルス問題でイタリアやスペインといった国々が大きな経済的打撃を被ったことから懸念が生じています。現局面では、短期的な景気の下振れリスクが大きいことから、投資家の不安が増幅されやすいと考えられます。しかし、私は、ギリシャを除き、欧州において不良債権問題が金融システム不安を顕在化させる可能性は、当面、低いと考えています。欧州主要国の金融機関の不良債権比率の推移をみると、ギリシャの不良債権比率は直近時点(2019年末)で36.5%と高水準であったものの、イタリアおよびスペイン、ポルトガル、アイルランド―という欧州債務危機において金融システム不安が高まった国々については、不良債権比率が2013~2016年にピークをつけた後は継続的かつ大幅に低下してきました。直近ではイタリアの不良債権比率は7.1%、スペインは3.2%、ポルトガルは6.1%、アイルランドは3.8%(いずれも2019年末、アイルランドは2019年9月末)と、それほど問題のない水準に落ち着いています(図表1)。コロナウイルス問題がもたらした景気悪化によって各国の今後の不良債権比率が上昇することは確実視されるものの、当面は金融システム不安を顕在化させる水準にまで上昇する可能性は低いと考えられます。
しかし「財政不安」には要注意
一方、コロナウイルス問題がもたらす歳入の減少や景気刺激策の実施によって欧州各国の財政が悪化し、金融市場で懸念が強まる可能性は現実のものとして考えるべきでしょう。2019年におけるユーロ圏各国の政府赤字と政府債務をGDP比でみると、ユーロ加盟19カ国中11カ国が財政黒字を計上していた点は、近年の各国による財政健全化努力による成果だと考えることができるでしょう。しかし、フランス(2019年の財政赤字はGDP比で3.0%)、スペイン(2.8%)、イタリア(1.6%)では財政赤字の問題はないわけではありません(図表2)。コロナウイルス問題で2020年の財政が大きく悪化するとみられる点を踏まえると、今後、格下げ等によって金融市場のボラティリティが上昇するリスクを意識しておく必要がありそうです。
直近での主要格付け機関によるイタリアとポルトガルの格付けが投資適格ぎりぎりである点を考えると、今後これらの国々の格付けが投機的水準に格下げされる可能性は否定できません。金融市場がこの点を懸念するのは自然な動きであり、イタリア国債10年物利回りは、3月に2.5%近くに上昇しました(図表4)。これに直接対応したのがECB(欧州中央銀行)でした。ECBはパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の導入を決め、キャピタル・キー(各国のECBへの出資比率)の制約なしに各国国債を購入することを決めました。この結果、イタリアの国債利回りは低下することになりました。
EU復興基金は画期的。設立されれば、ユーロ相場のサポート材料に
もっとも、ECBによる債券購入プログラムを充実させることは、財政余力が小さい国の財政状況がコロナ問題によって悪化すること自体を食い止めるものではなく、対処療法にすぎません。こうした状況下で、ドイツとフランスは5月19日、EU(欧州連合)復興基金を設立して財政余力の小さい国々を補助金によって支援する案を公表しました。当初提案された規模は5,000億ユーロでしたが、欧州委員会が5月27日に公式に提示した案において7,500億ユーロに引き上げられ、うち5,000億ユーロを補助金とし、残る2,500億ユーロ分は加盟国への融資に充当することとされました(図表4)。必要な資金はEU債の発行によって賄われ、EUレベルで徴収される新税(デジタル課税など)による税収がその返済に充てられる見通しです。これは、EUが財政共通化に向けて一歩前進するスキームであると言えます。これまで南欧諸国の支援に消極的であったドイツが支援の態度を明確にしたことは画期的であり、独仏両国の合意による提案は、独仏がEUの統合強化に向けて指導力を発揮するという姿勢を印象付けるものでした。
このEU復興基金が承認されれば、今後のEUおよびユーロ圏の安定にとってポジティブな出来事になると考えられます。今後EUが何らかの危機に直面する際、「EUの予算で対応する」という流れができやすいと考えらますし、このことは将来の加盟国のEU離脱のリスクを抑制する効果をもたらすでしょう。そして、この点はユーロ高につながりやすいとみられます。実際に5月下旬以降は、ユーロが対ドルで大幅に上昇してきました(図表5)。この提案に対して、オランダやオーストリアなどが反対を表明していますが、独仏が指導力を発揮してEU全体で承認させることができれば、短期的にも、中期的にもユーロ高をサポートする材料になると考えられます。
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