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12月の米雇用統計に市場は過剰反応したか?

12月の米雇用統計に市場は過剰反応したか?
〔要旨〕
  • 雇用と賃金:米国経済では12月により高い雇用の伸びが見られたが、賃金の伸びの低下も見られた
  • インフレ懸念:賃金の伸びの低下にもかかわらず、雇用が急増したことから、米国経済の過熱に対する市場の懸念が生じた
  • 過剰反応か?:インフレ期待は比較的安定的に維持されていることから、米雇用統計に対して市場は過剰反応したと考えられる
米雇用統計から何が分かったか?

市場はどう反応したか?

市場の下げは過剰反応だったか?

カナダの雇用統計からも似たような文脈が伺える

世界的な不確実性

新しい年の新しい金融用語

今後の展望

注目の日程
 

1月10日金曜日に12月の米雇用統計が発表されましたが、これは一見したところ朗報のように思われました。私の見方では、それはゴルディロックス的な雇用統計―つまり賃金インフレを伴わない雇用の堅調な伸び―でしたが、市場の見方はよりネガティブでした。私はこの雇用統計後の下げは過剰反応だったと考えており、本レポートでその理由を説明したいと思います。

 

米雇用統計から何が分かったか?

12月の米雇用統計では、非農業部門雇用者数が前月比25万6,000人増と予想を大幅に上回り、9ヵ月ぶりの高い伸びとなりました1 。他方で11月の雇用統計で発表された非農業部門雇用者数は、22万7,000人増から21万2,000人増に下方修正されました2

12月の米雇用統計では賃金の伸びの鈍化も示され、前年同月比で4%を下回る水準まで低下しました3 。インフレの持続的な上昇につながる可能性があることから、賃金の大幅上昇は最も懸念されるインフレ要因であると言えます。したがって、賃金の伸びの鈍化は心強い兆候です。
 

市場はどう反応したか?

市場のネガティブな反応には正直驚きました―米雇用統計の発表後、株式・債券ともに売られました4。賃金の伸びの鈍化にもかかわらず、雇用が急増したことで、景気の過熱によるインフレ再燃の懸念が市場に広がったとみられます。これは、市場が既にインフレ上昇の可能性に敏感になっていたためかもしれません:

  • 先週はISMサービス購買担当者景況指数の発表で幕を開けましたが、サブ指数の支払価格指数が11月の58.2から12月は64.4へと大幅に上昇しました―これは2024年1月以来の高水準であり、インフレ再燃の懸念が高まりました5
  • 先週初めに発表された11月の米雇用動態調査でも、求人件数が810万件と過去数カ月を上回り、雇用市場がかなり好調であることが示されました。しかし11月のデータは依然としてパンデミック前の水準を上回っているものの、求人件数が870万人を超えていた昨年初と比べると、大幅に下回っています6
  • そして、12月の米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨が発表され、インフレ上昇への懸念が高まっていることが次のように示されました:「インフレの見通しについて出席者は、イン フレ率は引き続き2%に向かって低下していくと予想している。ただし、足元のインフレデータが予想よりも高くなっていることや、貿易・移民政策の変更可能性の影響から、インフレ低下のプロセスは従来予想よりも長引く可能性があると指摘した」7
  • また先週は、今後の利下げ回数が減ることを示唆する 「Fedspeak (FRB関係者の発言)」も多く見られました。例えばミシェル・ボウマンFRB理事は、コアインフレ率がFOMCの目標である2%の水準を「不快なほど上回っている」と指摘し、「現在の金融政策のスタンスが、一般的に考えられているほど抑制的ではないかもしれない」と懸念を示しました8

先週発表された指標の内容とFRB関係者の発言が総合的に、利下げをめぐる市場予想に変化をもたらしたと言えるでしょう。1週間前、CMEのフェドウォッチツールは2025年のFF金利が現行水準にとどまる可能性を16%としていましたが、これは現在では31%に上昇しています9
 

市場の下げは過剰反応だったか?

私は、市場は雇用統計に過剰反応したと考えています。市場ベースでも消費者調査ベースでも、インフレ期待は比較的安定しています。:

  • 5年物のブレーク・イーブン・インフレ率は年初来、2.38%から2.51%へと大幅に上昇しています10。しかし2024年4月にもこれが同様の水準に達したのが見られています。重要なのは、この水準が依然としてFRBにとっての「コンフォート・ゾーン(許容範囲)」内に留まっているという点です。
  • 1月のミシガン大学消費者インフレ期待の速報値も上昇しました。1年先のインフレ期待は2.8%から3.3%に上昇し、わずか1カ月での大幅な上昇となりました。5年先のインフレ期待も3%から3.3%へと大幅に上昇しました11 。しかし、インフレ期待は歴史的に見ればまだ控えめな水準にあります。例えば、1980年2月の1年先の消費者インフレ期待は10%、5年先の消費者インフレ期待は9.8%でした11
     

カナダの雇用統計からも似たような文脈が伺える

カナダでも12月の雇用統計が発表され、似たような文脈が伺えました。

  • カナダでは12月の雇用者数が前月比9万900人増となり、2023年1月以来の高水準となりました12
  • 失業率は6.7%に低下しました12
  • 常勤雇用者の平均時給は前年同月比で3.7%上昇しましたが、この値は前月の上昇率よりも低く、昨年の年平均を大きく下回りました12。カナダ銀行は従来、賃金の高騰がインフレを高止まりさせかねない重要なリスクだと指摘してきたため、これは重要です。

カナダの雇用統計は、カナダ経済が予想以上に好調であることを示しました―米国と同様、これは「良いニュースは悪いニュース」と受け止められているようです。カナダの債券利回りは上昇し、カナダ株は金曜日に下落しました(もちろんその一部は、米国市場のネガティブな反応の波及効果の可能性もあります) 10。今回の雇用統計により、カナダ銀行の2025年の利下げに関する見方は後退しましたが、個人的には、同銀行は今年も大幅な緩和を継続する可能性が高いとみています。
 

世界的な不確実性

世界中の政策当局者のいずれも、今年どのような展開になるのか確信が持てないというのが現実です。FOMCの議事要旨では、全出席者が「貿易や移民に影響を与える政策の潜在的な変更の範囲、時期、経済効果に関する不確実性が高まっていると判断した」としています7

政策当局者だけでなく、確信が持てないのは投資家も同じです―そのため私は、今年も利下げをめぐる予想は引き続き移り変わり、世界経済と市場に何が起こるかについても全般的に不透明な状況が続くと予想しています。例えば、新興国市場で大幅な売り越しが見られましたが、これは主に政策の不確実性と恐怖によって引き起こされたと私は考えています。私個人としては、今年の基本シナリオを維持しますが、そのシナリオに対するリスクについては注意深く見守るつもりです。
 

新しい年の新しい金融用語

今年は興味深い、そしておそらく特殊な年になりそうなので、2025年に向けて金融用語集を作り始めることにしました。最初の用語集は、以下のとおりです:

  • アーサー・バーンズ嫌悪症候群:アーサー・バーンズは、1970年代に米国の劇的なインフレの時期に任期を務めていたことから、最も批判された米連邦準備制度理事会(FRB)議長の一人として歴史に名を残しています。中央銀行の関係者は、アーサー・バーンズの再来と見なされることを、他の何よりも恐れているようです。私は、そのせいで多くの中央銀行関係者が、不況よりもインフレを心配する側に回ってしまったと考えています。この症候群が、FRBを含む多くの中央銀行が、2022年に大幅な利上げを行う原因となったと思われます。そして2025年には、政策当局がアーサー・バーンズになりたくないばかりに、インフレの再燃を恐れてタカ派的な行動に出るリスクがあります。
  • 「良いニュースは悪いニュース」症候群:どんな状況でもマイナスにばかり目を向ける人はいるものです―椅子が少しぐらついただけで、美味しい食事も、楽しいディナー仲間も、レストランの素晴らしいサービスも楽しめなくなってしまう人。そんな悲観的な人と同じように、市場も明るい経済ニュースにネガティブに反応する可能性があります―金曜日の米雇用統計に対する反応のように―特に米国では、経済成長リスクよりもインフレリスクの方が大きいと考えられているためです。
  • 国債利回り高山病:山登りでは、急激に登り過ぎると高山病になり、健康に重大な支障を来すことがあります。同様に、株式も高山病に見舞われることがあります。債券利回りが特に急激に上昇すると、直近で見られたように株価に下方圧力がかかることがあります。 従って私は、利回りが上昇したときに株式が直面する問題についても、一種の「高山病」と呼ぶのが適切ではないかと思っています。
  • 政府赤字の守護天使:私は、より極端な印象を与える「債券自警団」よりもこの言葉の方が良いと思います。というのも、私は1980年代のニューヨークで育ち、「自警団」という言葉から自動的にガーディアン・エンジェルズ(赤いベレー帽と赤いシルクのジャケットを身につけ、ニューヨーカーを守るために地下鉄に乗り込んだボランティアグループ)を連想してしまうからです。ガーディアン・エンジェルは武器を持たず、その存在(とインパクトのあるファッションの持つメッセージ性)のみによって平穏を保つことを意図していました。同様に、特に米国においては、財政的責任を果たせるよう政府にプレッシャーをかけ続ければ、支出を抑制し債券投資家を満足させるのには十分かもしれません。
  • オヴァートンのガレージドア:「オヴァートンの窓」とは、その時々の社会の主流において議論し、享受することが政治的に許容されると考えられるテーマや議論の範囲を表す用語です。しかし、私たちはより極端な時代に入ってきており、それはつまり人々が議論したり考えたりするトピックの幅が広がっていく可能性が高いということだと考えられます。私たちは近い将来、窓ではなくガレージドアが必要になるかもしれません。
  • 政治的ゴーグル:「ビール・ゴーグル」という表現を聞いたことがあるかもしれません。これは人々が飲み過ぎて、全てが以前より急に良く見える時の婉曲表現です。近年、米国消費者の心理は支持政党により形作られているようです―自身の支持政党が政権を握っていれば経済に対してより前向きになれるが、逆の場合は悲観的になるといったように。例えば近年のミシガン大学調査によれば、共和党支持者と民主党支持者では消費者信頼感の水準が大きく異なっており、これはホワイトハウスをどちらの党が占めているかによって形作られているようです。そして先週のミシガン大学消費者インフレ期待調査では、支持政党によって来年のインフレ予想が大きく異なっていることが示されました。民主党支持の回答者は、10月時点で1年先のインフレ率を1.5%と予想していましたが、現在の予想は4.2%と劇的に上昇しました。対して共和党支持の回答者は、10月時点で1年先のインフレ率を3.6%と予想していましたが、直近の調査ではこれが0.1%と信じ難い低水準に下落しました11。「政治的ゴーグル」現象は今年、他国でもより一般的なものとなるかもしれません。
  • ポスト・ポスト・モダン帝国主義:ポスト・モダン帝国主義とは、帝国主義イデオロギーの一種で、民主主義の普及を目指すものです。私たちは今、戦略的防衛の観点から自国に物理的な土地を追加しようとする、真の帝国主義に各国が再び関心を抱く時代に突入したようです。例示A: 米国次期政権のグリーンランドとパナマ運河への関心。
  • 株の発汗:私は、「株は今日風呂に入った 」という言葉を聞いて育ちました。きれい好きな私はこの言葉を最初はポジティブな表現だと思い込んでいましたが、後になって、大幅な価値の喪失を意味するネガティブな表現だということがわかりました。私は今年、株が大きく売られることはないと考えていますが、特に金融緩和政策をめぐる不確実性から、定期的に「株の発汗」(蒸し風呂で少し濡れること)が発生し、株価が小幅に下落する可能性があると考えています。

上記は、2025年のマクロ/市場用語集の始まりに過ぎません。ここから今年更に追加していきたいと思いますし、読者の皆様からのアイデアもお待ちしています。
 

今後の展望

今週は米国と英国の消費者物価指数(CPI)などの重要指標の発表が目白押しとなっており、来週はユーロ圏のCPIが発表されます。インフレ再燃の可能性への市場の懸念が高まっていることを踏まえると、これらは非常に重要です。更に、米国経済の現状とそのリスクに関する洞察を与えてくれるFRBの米地区連銀経済報告(ベージュブック)も公表される予定です。
 

注目の日程

公表日

指標等

内容

1月13日

ニューヨーク連銀米国消費者
インフレ期待

米国のインフレに対する消費者予想を
追跡

1月14日

ユーロ圏ZEW景況感指数

ユーロ圏の今後6カ月間の景況感を測定

1月14日

中国新規融資

消費者・企業向け銀行融資残高の変化を
測定

1月14日

米国NFIB中小企業楽観指数

米国の中小企業の健全性を示す

1月14日

米国PPI

財・サービスの生産者に支払われる
価格の変動を測定

1月14日

ニュージーランド企業信頼感
指数

業況・経済への見通しに関する企業の
見方を追跡

1月14日

韓国失業率

労働市場の健全性を示す

1月15日

英国CPI

インフレの動向を示す

1月15日

英国PPI

財・サービスの生産者に支払われる
価格の変動を測定

1月15日

英国住宅価格指数

住宅市場の健全性を示す

1月15日

米国CPI

インフレの動向を示す

1月15日

オーストラリア失業率

労働市場の健全性を示す

1月15日

中国人民銀行ローンプライム
レート

金利の動向を追跡

1月16日

英国国内総生産

地域の経済活動を測定

1月16日

英国鉱工業生産指数

鉱工業セクターの経済の健全性を示す

1月16日

イングランド銀行信用状況調査

与信条件のトレンドと動向に関する報告

1月16日

欧州中央銀行金融政策決定会合
議事要旨

中央銀行の意思決定プロセスについて
更なる洞察を与える

1月16日

米国小売売上高

小売セクターの健全性を示す

1月16日

中国国内総生産

地域の経済活動を測定

1月16日

中国小売売上高

小売セクターの健全性を示す

1月17日

英国小売売上高

小売セクターの健全性を示す

1月17日

ユーロ圏CPI

インフレの動向を示す

1月17日

米国建築許可件数

建設業の健全性を示す

1月17日

米国住宅着工件数

住宅市場の健全性を示す

1月17日

米国鉱工業生産指数

鉱工業セクターの経済の健全性を示す

1月17日

米地区連銀経済報告
(ベージュブック)

FRBの各地区の現在の経済状況に
関する定性的情報を収集

  • 1.

    出所:米国労働統計局、2025年1月10日

  • 2.

    出所:米国労働統計局、2025年1月10日

  • 3.

    出所:米国労働統計局、2025年1月10日

  • 4.

    出所:ブルームバーグ、2025年1月10日

  • 5.

    出所:米国供給管理協会、2025年1月7日

  • 6.

    出所:米国労働統計局、2025年1月7日

  • 7.

    出所: 2024年12月のFOMC議事要旨、2025年1月8日

  • 8.

    出所:カリフォルニア銀行協会におけるボウマンFRB理事講演、2025年1月9日

  • 9.

    出所:CMEフェドウォッチツール、2025年1月11日

  • 10.

    出所:ブルームバーグ、2025年1月10日

  • 11.

    出所:ミシガン大学消費者調査、2025年1月10日

  • 12.

    出所:カナダ統計局、2025年1月10日

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MC2025-004