世界中で市場の不透明感が高まっている
〔要旨〕
- 国際通貨基金(IMF):IMFは地政学的紛争、保護貿易主義、および財政赤字拡大のリスクが加速しているとの懸念を提起
- 政治的サプライズ:日本の衆議院選挙では連立与党の獲得議席数が過半数を割り込んだ
- 米連邦準備理事会(FRB)インサイト:米地区連銀経済報告(ベージュブック)は、米国経済は持ちこたえているものの、製造業活動などの弱い部分があることを示している
IMFが公的債務や、その他の成長に対するリスクについて警告を発している
政治的サプライズが日本に変化をもたらす
カナダ銀行が現在の緩和サイクルにおける最初の「大幅利下げ」に踏み切る
米地区連銀経済報告の要点
決算発表シーズンから学んだこと
先週は市場の懸念が表面化
今後の展望
注目の日程
決算発表シーズン中にポジティブサプライズが続いたにもかかわらず、政府債務の増加、米国大統領選挙を巡る不透明感、日本における政治的サプライズはいずれも市場の懸念を高めています。私が現在注視しているトピックには以下のようなものがあります。
IMFが公的債務や、その他の成長に対するリスクについて警告を発している
IMFは先週、2025年の世界経済成長率予測を下方修正したものの、世界の中央銀行がうまくインフレを抑制して景気後退を回避しているとの認識を示しました。地政学的紛争、保護貿易主義、および財政赤字拡大のリスクが加速していることに対するIMFの懸念が経済予測の下方修正につながりました。チーフエコノミストのピエール・オリヴィエ・グランシャ氏は次のように説明しています。「下方リスクが高まっており、今では経済見通しを左右している」1。
私は先週、欧州に滞在して顧客と面談しました。米国大統領選挙でトランプ氏が勝利した場合に勃発すると予想される貿易戦争が懸念されていることは明白でした。さらに、特に中東における地政学的緊張のさらなる高まりへの懸念があることもよく分かりました。このことは、先週、イスラエルがイランの石油生産施設には爆弾を投下しないと選択したことを受けて市場が安堵の息をついたこと(その証拠は原油価格の下落です)を見れば明らかです。
IMFが提起した懸念はそれだけではありません。IMFは世界の公的債務に関する懸念も提起しています。世界の公的債務は年末までに100兆ドル、すなわち世界の国内総生産(GDP)合計額の93%に達すると予想されています2。例として、今週の秋季予算の発表をやや不安な気持ちで待っている英国を見てみましょう。私は、財政政策が拡大されるものの、トラス政権が発表した拡張的な2022年予算よりもはるかに緊縮的な予算になると予想しています。現在の政権は引き続き財政に責任を持つと強調しており、債務のGDP比率を低下させる(ただし過去の政権と異なる指標を使用しています)と約束しているからです。そのため英国債利回りは小幅ながらも急上昇する可能性がありますが、2022年に見られたような英国債危機に陥ることはないと確信しています。もし英国債危機が起こったとしても、2年前にそれを経験した政府機関にはすぐに対応する用意があることを私たちは知っています。
政治的サプライズが日本に変化をもたら
先週末に行われた日本の衆議院選挙では、連立与党の獲得議席数が過半数を割り込むという番狂わせが起こりました。フランスのマクロン大統領が今年前半に行っていたのと同様、日本の首相は新しい連立政権を樹立しようとしていますが、私の今年のビンゴカードには、日本の政治情勢がフランスと似通って見えるだろうとは書かれていません。
政権を樹立するための連立枠組みの構築は今後数日にわたって行われます(日本国憲法では、衆議院選挙の30日以内に臨時国会を召集して首相を選出することが定められています)。異なる連立の組み合わせが参加する新政権のシナリオとしては3通りが考えられます。そのうち2つは新首相の石破茂氏が政権を握り続けることを可能にするシナリオで、残りの1つは野党の党首が次の首相になるというシナリオです。
金融政策に関しては、一般通念からすると、選挙での連立政権の敗北によって日銀による政策引き締めプロセスは鈍化すると考えられます。その可能性は、先月の自民党総裁選で石破氏が高市早苗氏に勝利したときよりもさらに高まっています。
経済政策の観点からは、主要野党が減税と低中所得者層への支出拡大を提案したため、新政権の財政政策はより拡張的になると予想されます。結果的に政府債務全体が増加する可能性が高く、将来的にはさらなる緊縮財政が余儀なくされる可能性があります。しかし、日本の労働市場が引き続き逼迫していることを踏まえると、持続的な内需の伸びを目指す日本経済の構造変革は当面は損なわれないと予想されます。こうした構造変革は、引き続き日本の株式市場を支えるでしょう。
カナダ銀行が現在の緩和サイクルにおける最初の「大幅利下げ」に踏み切る
カナダ銀行は先週、政策金利を0.5%引き下げることを決定しました。これで4会合連続での利下げとなりますが、今回は現在のサイクルにおける初めての大幅な利下げとなります。カナダ銀行総裁のティフ・マックレム氏は、「カナダ国民は安堵の息をつくことができる。これは良いストーリーだ。長い間インフレと戦ってきたが、それが功を奏してインフレ率は目標を下回るようになった」と宣言した。同氏は、低く安定したインフレを維持しながら需要を支えることに現在は注力していると明言し、「着地を成功させる必要がある」と述べました3。
カナダ銀行のインフレ目標が達成に近づく中で、年内に1回の追加利下げが行われる可能性は十分にあります。IMFがカナダの2025年のGDP成長率が大幅に加速すると予想していることは注目に値しますが、これは他の主要先進国(一般的にはGDP成長率のより緩やかな加速が予想されています)の多くには当てはまりません。カナダ銀行は2024年のGDP成長率が1.3%に、2025年は2.4%に加速すると予想しています4。
米地区連銀経済報告の要点
先週はベージュブックも発表されました。私が重要と考えるポイントは非常にシンプルです。
- 米国経済は持ちこたえていますが弱い部分もあります。一部の地区では製造業の活動が弱まっています。より安価な代替品を購入している低所得の消費者に対する圧力が継続していることから、個人消費はまちまちとなっています。
- 雇用者数の伸びが非常に緩やかな一方、一時解雇(レイオフ)の報告も非常に低調なものとなっています。雇用主は人材を得るのに長い間苦労してきたため、引き続き従業員の繋ぎ止めを重視しているようです。良いニュースとして、労働市場が比較的逼迫し続けている中ではあるものの、いくつかの地区で賃金上昇率の鈍化が報告されています。
- 大統領選挙は企業と消費者に不透明感をもたらしています。最新のベージュブックでは、米国大統領選挙によって生じた不透明感に関する言及が散見されます。この不透明感により、企業は投資計画や雇用などの主要な決定を先送りしており、消費者は特に大きな買い物への支出を抑制しているようです。最近の製造業の弱さについても、少なくともその要因の1つとして大統領選の不透明感が挙げられています。大統領選関連の不透明感が解消され、金利が引き続き緩和されれば、2025年には経済活動が大幅に活発化すると一部の企業が予想していることに私は勇気づけられました。以上が、私の足元の見解です。
決算発表シーズンから学んだこと
先週発表された決算は引き続き好調な内容でした。これまでにS&P 500種指数構成企業の 37%が決算を発表しています。これらの企業のうち75%で利益が上振れし、59%で売上が上振れしました5。
先週、ベルウェザー(先行指標)となっているいくつかの企業が決算を発表しました。その中で最も注目されたのがUPSです。運送会社であるUPSの決算からは商取引がどの程度活発なのかを読み取れることができますが、先週発表された利益と売上は改善しました。このことは、米国経済に弱い部分があるにもかかわらず比較的好調であるとの見方をさらに裏付けています。
先週は市場の懸念が表面化
先週、米10年国債利回りは7月以来の高水準に達しました。FRBが大幅利下げを発表する直前の9月16日の米10年国債利回りは3.6%をやや上回る程度だったのに対し、先週の終値は4.2%をやや上回る水準でした。比較的短期間で大幅に上昇したことになります6。
しかしごく最近まで、利回りの上昇は今年の株式市場の上昇をほとんど抑制していませんでした。先週は米国株が下落しましたが、2022年10月と2023年10月に利回りが急上昇したときに米国株が下落したことに鑑みると、これは意外ではありません6。2024年4月には、利回りの上昇によってより控えめな売りが発生しましたが、短期間しか続きませんでした。もちろん米10年国債利回りだけではありません。米30年国債利回りも同程度に上昇し、9月16日に付けた底値が3.936%だったのに対し、10月25日の終値は4.47%となりました6。
投資家は、将来的に米国の財政赤字が拡大し、利回りが上昇する可能性があるとの見通しについて懸念しているのかもしれません。財政赤字の拡大は多くの先進国に共通するテーマであり、このブログでも以前に何度か取り上げました。とはいえ、米10年国債利回りを左右する要因を理解しようとするのは容易ではないと警告しておかなければなりません。経済成長やインフレ期待といった多くの要因が利回りに影響するからです。しかし、英国の現政権と異なり、米国の主要政党がいずれも財政の規律を重視しておらず、財政引き締めのメッセージを伝えようとさえしていないことを踏まえ、国債利回りが比較的短期間で大幅に上昇した理由の少なくとも一部は債券自警団であると私は考えています。
米個人投資家協会(AAII)が発表した投資家心理指数が過去1カ月間で大きく変化していることは、サプライズではないかもしれません。9 月18日の強気センチメントの割合は50.8%でした7。それ以来、強気センチメントの割合は低下し、10 月 23 日に報告された最新の数値では37.7%となっています7。こうした数値は毎週大きく変動していますが、傾向は明らかです。多くの不透明感が漂っており、そうした不透明感が関税や戦争および政府債務などの下方リスクへの懸念を助長しています。
今後の展望
私は、10月30日に発表される英国の秋季予算とそれに対する市場の反応に加え、米国の個人消費支出(PCE)指数、米国の(雇用統計で公表される)賃金上昇率、ユーロ圏消費者物価指数(CPI)、米雇用動態調査(JOLT)など、いくつかの重要な経済データの発表に注目するつもりです。日銀の金融政策決定会合に関しては、政策変更はないものの、金融政策の今後の方向性について何らかの指針が得られるかもしれないと考えています。先週末の政治的サプライズを踏まえると、これは歓迎すべきことでしょう。また、決算発表シーズンは今週も続きます。超大型ハイテク企業のいくつかが決算を発表する予定です。
不安感と不透明感が漂うこの時期、大半の投資家のタイムラインは1週間、または数カ月、あるいは米国大統領の任期よりも長いことさえあることを思い起こしていただきたいと思います。市場への投資を維持し、十分に分散させ、データや動向に感情的に反応しないことが重要だとみています。
(執筆協力:木下智夫)
注目の日程
公表日 |
指標等 |
内容 |
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10月28日 |
ダラス連銀製造業景況指数 |
テキサス州の製造活動を評価 |
10月29日 |
イングランド銀行消費者信用残高 |
英国の消費者が借りたクレジットの量示す |
10月29日 |
米国S&Pケース・シラー住宅価格 |
住宅市場の健全性を示す |
10月29日 |
米国コンファレンス・ボード |
米国の消費者のインフレ、株価、金利に |
10月29日 |
9月の米国雇用動態調査(JOLTS) |
求人、雇用、離職に関連するデータを集計 |
10月30日 |
ドイツの失業率 |
雇用市場の健全性を示す |
10月30日 |
ドイツ国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
10月30日 |
英国秋季予測発言 |
英国経済の状況に関する政府からの |
10月30日 |
ユーロ圏消費者信頼感指数 |
ユーロ圏の消費者センチメントを追跡 |
10月30日 |
ユーロ圏景況感指数 |
ユーロ圏内の景況感を評価 |
10月30日 |
ユーロ圏消費者インフレ期待 |
ユーロ圏の消費者のインフレ期待を追跡 |
10月30日 |
ユーロ圏国内総生産(速報値) |
地域の経済活動を測定 |
10月30日 |
メキシコ国内総生産(速報値) |
地域の経済活動を測定 |
10月30日 |
米国個人消費支出物価指数 |
インフレの動向を示す |
10月30日 |
米国国内総生産(速報値) |
地域の経済活動を測定 |
10月30日 |
日本小売売上高 |
小売業の健全性を示す |
10月30日 |
日本鉱工業生産 |
製造業の経済の健全性を示す |
10月30日 |
オーストラリア小売売上高 |
小売業の健全性を示す |
10月30日 |
中国購買担当者景気指数 |
製造業とサービス業の経済の健全性を示す |
10月30日 |
日本銀行金融政策決定会合 |
金利の道筋に関する最新の決定を発表 |
10月31日 |
ドイツ小売売上高 |
小売業の健全性を示す |
10月31日 |
ユーロ圏消費者物価指数 |
インフレの動向を示す |
10月31日 |
ユーロ圏失業率 |
雇用市場の健全性を示す |
10月31日 |
ブラジル失業率 |
雇用市場の健全性を示す |
10月31日 |
米国個人消費支出物価指数 |
インフレの動向を示す |
10月31日 |
米国雇用コスト指数 |
雇用主の人件費の変化を測定 |
10月31日 |
米国個人支出 |
米国の個人支出を測定 |
10月31日 |
カナダ国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
10月31日 |
日本製造業購買担当者景気指数 |
製造業の経済的健全性を示す |
11月1日 |
英国全国住宅価格指数 |
住宅市場の健全性を示す |
|
メキシコ失業率 |
雇用市場の健全性を示す |
|
米国雇用統計 |
雇用市場の健全性を示す |
|
米国購買担当者景気指数 |
製造業とサービス業の経済健全性を示す |
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1.
出所:ユーラシア・レビュー、”As Inflation Recedes, Global Economy Needs Policy Triple Pivot – Analysis”、2024年10月26日
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2.
出所:国際通貨基金(IMF)、2024年10月
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3.
出所:ロイター、“Bank of Canada slashes rates, says monetary policy has worked”、2024年10月23日
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4.
出所:国際通貨基金(IMF)、「世界経済見通し」(2024年10月)
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5.
出所:FactSet Earnings Insight、2024年10月25日
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6.
出所:ブルームバーグ、2024年10月25日現在
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7.
出典:AAIIセンチメント調査
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MC2024-134