政治動向、中央銀行、そして市場にとって最も重要なもの
〔要旨〕
- 株式と選挙:過去にも見られたとおり、選挙結果を受けた直後の株価の反応は、一時的なものに過ぎない可能性がある
- 中央銀行:ごく短期的には「トランプトレード」は続くと予想されるものの、中央銀行の果たす重要な役割を重視することが大事
- 金融政策:極めて短期的な市場の反応が過ぎれば、金融政策の方が政治的動向よりも市場にとっては重要だと考えられる
市場はトランプ政権2期目に反応
注目の資産
FRBが市場を落ち着かせる
新政権に対応するイングランド銀行
日銀は米国の政治動向を注視
中央銀行の重要性
注目の日程
米大統領選や世界各地で開催された中央銀行会合の合間に、市場は先週、多くのことを消化せねばなりませんでした。そこから得られたこと及び、その経済・市場への示唆について、主なポイントをご紹介したいと思います。
市場はトランプ政権2期目に反応
ドナルド・J・トランプ氏が、非連続で2期目となる米大統領に選出されました。市場は当初強い反応を示し、米国株が上昇した一方、欧州株と英国株は下落しました。債券市場も大きな影響を受け、インフレ上昇と財政赤字拡大の懸念から、利回りが一気に上昇しました。しかし金曜日までには、米連邦準備理事会(FRB)が0.25%の利下げを決定したことを受け、こうした動きの一部は反転しました。
結局のところ、非常に短期的な市場の反応が過ぎれば、金融政策の方が市場にとって重要となると考えられます。確かに米国株は、選挙直後は歓喜に沸いた反応を示しましたが、こうした上昇は一時的なものに過ぎない可能性があります―例えば2016年の大統領選直後の短期的な株価上昇は、その後いくらか巻き戻しを見せました1 。確かにホワイトハウス及び上院、下院で共和党が多数派を占める「レッド・スウィープ」となる可能性が高く、その場合トランプ政権が打ち出すアジェンダがより多く実現しやすくなると言えますが、実際には新政権の政策のスコープやタイミングはまだ分かっていません。つまりどのような政策が出され、それが成長やインフレにどう影響するかも分かっていないということです。
注目の資産
ごく短期的には、私は「トランプトレード」が続くと予想しています。これにはビットコインのような明らかに疑わしいものも含まれます。
私はリスク資産全般をポジティブに見ていますが、特に米国の中小型株はより魅力的なバリュエーションとなっており、来年の景気再加速を見込んで相対的なパフォーマンスが高まる可能性が高いと考えています。
新政権が増産に関心を示していることから、エネルギー株に期待する向きが多く見られます。しかし、増産は全般的なインフレ緩和に役立つという意味では経済にとってプラスとなる可能性があるものの、価格下落は一般的に利益率の低下につながるため、エネルギー株にとってはマイナスとなる可能性があります(実際トランプ政権1期目には、エネルギー株がクリーンエネルギー株をアンダーパフォームしました2 )。
金融セクターの規制緩和が比較的速やかに進む可能性があることから、より恩恵を受ける可能性が高いのは金融セクターでしょう。
私は、金は短期的には弱含みの動きが続くと考えています。数年にわたって大幅上昇を続けたことから割高となっており、最近のドル高や米国債利回り上昇のあおりを受けやすくなっていると考えられるためです。しかし私は、金価格下落の少なくとも一部は、米大統領選挙をきっかけに、金への投機的需要の一部がビットコインにシフトしたことによるものではないかと考えています。
FRBが市場を落ち着かせる
木曜日に開催されたFRB会合の結果は、市場に好感をもって受け止められたと見られ、FRBの力を再認識させるものとなりました。パウエル議長は、米国のインフレ低下に大幅な進展があったことを強調しました。また住宅サービス価格がその例外であることを踏まえつつ、それが現在のインフレ圧力ではなく、過去のインフレ圧力を反映したものだと指摘しました。更に、FRBは金融政策が依然として抑制的だと考えており、そのため利下げを継続していくと説明しました。加えて、労働市場は過去2年間で落ち着いてきましたが、今もなお軟化しつつあり、FRBはこれ以上の冷え込みを望んでいないとしました。
パウエル議長は記者会見において、様々な方法で説明を行いました:
- インフレ期待が繋ぎ止められなくなっているとは考えていないが、もしそうならば、FRBはもちろん迅速に対応する、と述べました。
- FRBが、来るトランプ政権が構想しているとされる、成長率とインフレの両方を押し上げる可能性のある政策を考慮に入れ、先んじて金融政策の調整を行うことはないと明言しました。また来るべき政策変更の時期や内容は不明であるとし、経済にもたらされる影響について「推測、憶測、想定」はしないと述べました。更に、トランプ政権の政策が長期に経済的影響をもたらし得ることから、その政策の与える影響の見通しについては、FRBのモデルに組み込み、これを通じて考慮に入れるとしました。ただし、これが短期的にFRBの政策に影響を与えることはないでしょう。
- 新大統領から要請があっても辞任するつもりはないと強調し、今後数年間のFRBの継続性を示唆しました(パウエル議長の任期は2026年までとなっています)。
- インフレについて仕事はまだ終わっていないとしつつも、FRBは引き続き政策の再調整を行う必要があると述べました。データをみながら政策を遂行するという姿勢―つまり、政策がひとたび法制化され、そのインパクトがモデルで予測できるようになれば、それに対応することができること―は市場に安心感を与え、長期の国債利回りを低下させました。
FRBの力を示す例として、米国株のうち大統領選挙直後には振るわなかったセクターも、FRBの決定後、好調に推移したことが挙げられます。これらには不動産、公益事業、一般消費財・サービスなど金利上昇に敏感なセクターが含まれ、木曜日のパウエル議長の比較的ハト派的な発言後に、パフォーマンスが上昇しました3 。
新政権に対応するイングランド銀行
英国は、まるで米国のパラレルワールドにいるようです。先週、FRBと同様に、イングランド銀行(BOE)は今緩和サイクルにおいて2度目の利下げを決定しました。BOEはまた、前週に予算案が発表されたばかりとあって、新政権下での対応に追われています。BOEは、ディスインフレの更なる進展が見られたとしつつも、新予算案に盛り込まれた政策がインフレを上昇させる可能性があると警告し、2年先のインフレ見通しを大幅に引き上げました(国内総生産(GDP)成長率見通しはそれよりも大きく引き上げられたことに留意する必要があります)。
加えて、米国が大統領選挙の結果判明により不透明感が払しょくされたように、英国も予算案に関する不透明感が払しょくされたことで、景気が一定程度押し上げられる可能性が高いと考えられます。不確実性が企業の雇用・支出計画、各国個人消費に水を差すことは、データや実際に起きた出来事からも明らかとなっています。
日銀は米国の政治動向を注視
日銀もまた、公表された10月30日開催の金融政策決定会合の議事要旨において、データの重要性を再認識させました。 そこでは日銀が、米国の政治動向を注視しており、日本経済や為替に影響を及ぼし得る大幅な関税引き上げその他の政策が実施される可能性に鑑み、慎重に歩みを進めようとしていることが明かされました。ある委員は、日銀が「米国経済の動向を見極める」ためいったん立ち止まり、その後将来的な利上げを検討してはどうかと述べました。変化や不確実性の大きい世界では、データを指針とすることがこれまで以上に重要となることは明らかです。
正味の影響としては、BOEとFRBの緩和サイクルの道筋は、より緩やかなものとなると予想されます。また日銀の引き締め/正常化のサイクルも同様に、より緩やかになる可能性があります。ただしそれらはデータ次第となります。
中央銀行の重要性
まとめると、中央銀行が経済及び市場に対して果たす重要な役割を重視することが大事だと考えています。2024年に実施された選挙により、多くの国々で政策的な変化がありましたが、これらの変化は、金融政策に比べれば極めて二次的な役割を果たすに過ぎないでしょう。新政権の政策がインフレ上昇につながる場合、中央銀行はインフレ圧力に対抗するため、金融政策の再調整を行うことができます。そうして中央銀行は、市場が不安定な時に安定をもたらす力となり得るのです。
現在中央銀行は、これらの政府が直面している最大の課題である債務残高の上昇について、助けになることはできないかもしれません。政府債務残高は特に米国で上昇しており、金利の上昇が債務返済の総コストを増幅させてきました。 直近で見たように、中央銀行が政策金利を引き下げたとしても、長期金利が下がるとは限りません。そして米下院で共和党が多数派となり、「レッド・スウィープ」の状態となれば、長期の利回りが上昇する可能性が高まります。「減税・雇用法」が全面的に延長され、財政赤字が拡大する可能性が高まるためです。高い利回りは奔放な歳出計画を抑制しうるため、その動向を注意深く見守りたいと思います。
最後にもう1つ:選挙結果に基づく「トレード」は短命に終わる可能性が高いと考えられます。経済を総合的に捉え、様々な要因が資産クラスに与える影響に焦点を当てることがより重要となります。私たちが発行予定の2025年の見通しに、乞うご期待です。
(執筆協力:木下智夫、ポール・ジャクソン)
注目の日程
公表日 |
指標等 |
内容 |
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11月12日 |
英国失業率 |
労働市場の健全性を示す |
11月12日 |
ドイツCPI |
インフレの動向を示す |
11月12日 |
ドイツZEW景況感指数 |
今後6カ月間のドイツの景況感を測定 |
11月12日 |
ユーロ圏ZEW景況感指数 |
今後6カ月間のユーロ圏の景況感を測定 |
11月12日 |
インド鉱工業生産指数 |
鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
11月12日 |
米国NFIB中小企業楽観指数 |
中小企業の健全性を示す |
11月12日 |
ニューヨーク連銀 |
米国のインフレに対する消費者の |
11月12日 |
日本企業物価指数 |
生産者に対して支払われるモノ・サービス |
11月12日 |
オーストラリア賃金価格指数 |
労働市場の健全性を示す |
11月13日 |
米国CPI |
インフレの動向を示す |
11月13日 |
オーストラリア失業率 |
労働市場の健全性を示す |
11月14日 |
ユーロ圏国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
11月14日 |
ユーロ圏鉱工業生産 |
鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
11月14日 |
ECB理事会議事要旨 |
中央銀行の意思決定プロセスについて |
11月14日 |
米国PPI |
生産者に対して支払われるモノ・サービス |
11月14日 |
メキシコ銀行金融政策決定会合 |
金利の道筋を発表 |
11月14日 |
日本国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
11月14日 |
中国鉱工業生産指数 |
鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
11月14日 |
中国小売売上高 |
小売セクターの健全性を示す |
11月14日 |
中国失業率 |
労働市場の健全性を示す |
11月14日 |
日本鉱工業生産指数 |
鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
11月15日 |
英国国内総生産 |
地域の経済活動を測定 |
11月15日 |
英国鉱工業生産指数 |
鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
11月15日 |
米国小売売上高 |
小売セクターの健全性を示す |
11月15日 |
米国鉱工業生産指数 |
鉱工業セクターの経済の健全性を示す |
11月15日 |
カナダ銀行シニア・ローン・ |
カナダの金融機関の企業融資活動に |
-
1.
出所:ブルームバーグL.P.、2016年選挙後(2016年11月8日から2016年12月13日まで)のS&P500種指数のリターンは6.18%。「巻き戻し」(1.45%の低下)は2016年12月13日から2016年12月31日までの期間に発生。
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2.
出所:ハーバー、インベスコ、トランプ政権第1期において、クリーンエネルギーが136%のリターンを上げた一方で、伝統的エネルギーのリターンは-52%だった。クリーンエネルギーはS&Pグローバル・クリーン・エネルギー指数(先進国市場と新興国市場の両方で世界のクリーンエネルギー関連事業を行う企業のパフォーマンスを測定するように設計)により表されたもの。伝統的エネルギーはS&P500種石油・ガス・消費燃料指数(S&P500種エネルギーセクター内の石油・ガス・消費燃料産業を表す)により表されたもの。
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3.
出所:ブルームバーグL.P.、2024年米国選挙直後(11月4日から11月6日まで)と2024年11月FRB会合後(11月6日から11月8日まで)のS&P500種セクターのパフォーマンスに基づく。不動産(米国選挙直後:-1.3%、FRB会合後:+2.8%)、公益事業:(米国選挙直後:+0.4%、FRB会合後:+2.0%)、一般消費財・サービス:(米国選挙直後:-0.9%、FRB会合後:+1.8%)
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MC2024-137